板木利隆先生著「九十歳 野菜技術士の軌跡と残照」

板木技術士事務所所長の板木利隆先生が、卒寿の自伝を出版されました。多筆の先生で、監修を含めた著書は36冊目となるそうです。本著も執筆に3年もかけられた300ページ弱の大著です。2月1日の発行前に板木先生から送られた著書を読むことができました。ありがとうございました。自分が技術士を志したのも板木先生という大きな目標があったからで、受験指導も含めメンターとして折りに付けて指導をいただいてきました。90歳での自著の自伝を出版されるという偉業に、改めて敬意を表したいと思います。

 

〇施設園芸の歴史と板木先生

 

千葉農専(現千葉大園芸学部)蔬菜園芸研究室の藤井健雄先生、養液栽培の先駆者の山崎肯哉先生や、農業用ビニールのメーカーである三菱化成ビニルの近藤恒雄社長とのエピソードなど、キーマンとの交流を通じた施設園芸の歴史が、その興隆期からつずられています。藤井先生の指導で「ナスの着果周期現象」という卒論を書かれ、それが評価されて藤井先生と連名で園芸学会口頭発表、さらに念校して園芸学会誌に投稿、という研究者としての順風なスタートもつずられています。

 

そして、神奈川県に奉職されてからの極めて実用的な研究、トンネル換気や神園式大型ハウス、礫耕栽培や神園式水耕装置など、ハードと栽培技術を総合的に開発された足跡もつずられています。またオイルショック時の省エネ技術の研究でも暖房機の熱交換装置や地中熱交換ハウスの試験、さらに昭和50年代にトマト長期多段取りで環境制御技術を導入しながら8月上旬播種の作型を開発し翌6月までの収穫で27トン/10aの収量を達成したなど、現代の施設園芸の基盤をすでに確立されてきたと言えるのではないでしょうか。

 

〇育苗業界への板木先生の貢献

 

板木先生は、苗生産業者の団体である日本野菜育苗協会の顧問を務められています。同協会の立ち上がり時期(旧野菜育苗研修会)から関わられています。そしてなにより、全農技術主幹時代に開発された幼苗接ぎ木技術、養生装置の開発が板木先生の育苗業界と野菜園芸への最大の成果、貢献であると思います。いまや世界中で利用されている接ぎ木苗の簡便な技術は全農時代の板木先生がいなかったら違う形になっていたかもしれません。それだけ重要な技術で、先生の名前は付けられていませんが、"Japanese Method"とも呼ばれている接ぎ木技術は、歴史に残る技術であると思います。

 

私も育苗技術に関しては板木先生のご指導を受けた一人です。当時、千葉大学との共同研究で閉鎖型苗生産システム(苗テラス)の開発を太洋興業で行っていましたが、板木先生に技術コンサルをお願いし、育苗業での実証と導入を強く勧めていただき、その道案内もかっていただき、ベルグアース社を始め多くの育苗業や育苗センターへの導入をアシストしていただきました。仕事の上でも私の恩人でありました。

 

〇人生100年時代の板木先生

 

自伝にはお生まれになった島根県でのご両親を早くに無くされた幼少の生活や、戦時中の大変な学徒生活などもつずられています。現代の90代の方々は、戦中をくぐられて、生き延びてこられた年代であり、そのことを改めて思い知る自伝でもあります。そうした体験が、非常に重みのある自伝となっていると強く感じました。

 

板木先生は施設園芸技術の先駆的な研究者であり、分野の著名な技術士であると同時に、生食用タマネギ品種の湘南レッドの育成者でもあり、また家庭園芸に関する書籍や雑誌連載を数多く執筆されている園芸家でもあります。こうした多くの顔を持つマルチな方でもありますが、90年のマルチな人生を生きられてきたいう、100年時代のモデルとなる方であると思います。LIFE SHIFT という100年時代のバイブルがありますが、この板木先生の自伝は100年時代の生きたバイブルと言えるのではないでしょうか。

 

 

 

板木利隆先生著 「九十歳 野菜技術士の軌跡と残照」 創森社

 

 

 

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